==== 梶 又衛門 ====




又衛門は虚弱体質のへなちょこ侍だった。
ところが、それを見込んだ奉行から毒見役に抜擢される。
万一殿の食事に毒を盛られた場合
屈強な侍より少量でもすぐに身体に変化があって適任というわけだ。

毒見役は名誉なことだったが、又衛門には心配があった。
魚が大嫌いで生まれてこの方二回しか口にしたことが無いのだ。
そんな折、殿を危めんとする曲者が出現する。
嫌いな魚を食べなくてはならない上に
毒が入っているかもしれない重圧に
下痢を繰り返し、よれよれになってしまう。

しかし嫁を迎え、子供が生まれ
努力とともに時が経つとあれほど嫌いだった魚も好きになり、
一生懸命身体の鍛錬に励んだ。

そして後年
恰幅が良くなり堂々とした姿で職務を務める又衛門がいた。

*

1971年。スポコン漫画の全盛期。
それは体力と才能に恵まれた主人公が努力して頂点に立つ物語だ。
心臓に持病を抱え歩くこともままならない楠勝平には
まったく別の世界の事だったろう。
虚弱でへなちょこな若侍が努力して普通の肉体を手に入れる。
これはスポコン漫画へのアンチテーゼであると同時に
楠にとっての「明日のジョー」なのだ。

武士階級は常に批判的に描かれる楠作品にあって
梶又衛門は作者に愛された唯一の侍である。

■ ガロ 1971年 6月号掲載 全27頁




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