==== おせん ====




おせんは普請中のちょっとした事故現場に通りかかり
大工の安と知り合う事になる。
貧しいおせんは、老いた祖母と幼い弟を抱え
早朝から深夜まで働き詰めの毎日であった。
一方安は、気はよいが若と呼ばれ、何不自由ない暮らしをしていた。
いつしか親しくなった二人は安の叔父に会うために屋敷に赴く。
安の話を聞いた叔父が是非おせんに会いたいと望んだのだ。
五両もする高価な壷が飾ってある大きな屋敷だったが
二人がふざけあっているうちに、おせんはその壷を割ってしまう。
とっさに口を突いてでたのは
「わたしじゃない」「あんたが つきとばした からよ」「わたしは なにも しなかった」
という言葉だった。
はっと我に返ったおせんは雨の町へ飛び出してゆく。
幻滅に打ちひしがれる安。
全てを知った叔父は貧しさが身に染み付いたおせんの
家族を守ろうとする心の優しさを説くが
安は聞く耳をもたず酔い潰れるのだった。

*

単行本のタイトルにもなった代表作のひとつ。
ふと気が付くと叔父の言葉に
心から同意できない自分がいたりする。
貧しさが作品のテーマとなり得ず
日本中に安のような飽食と安っぽい優しさが蔓延した
今こそ読み継がれて欲しい作品である。
気が強く、働き者で心優しいおせんのキャラクターは
楠の理想の女性像なのだろうか。

■ ガロ 1966年 12月号掲載 全24頁



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