初夏。往診に出た医師は
寺の境内で昔馴染みの古物を商う男の元に立ち寄って
旅の土産話をひとしきり。
男の向いでは老婆が琴を奏ている。
源さんは元気に働き、妻のお腹には三人目の子が。
季節は流れ、冬の雪が積もった日。
源さんの子供が必死に走って医師を呼びにくる。
臨月の妻が雪で滑って転んだのだ。
「先生 たすけてやって下さい。おねげぇだ」
嘆願する源。そして医師の苦渋の言葉
「出血がひどすぎる」
雪は溶け、再び藤の季節。
医師は古物商の男の家に往診に来ている。
男は悪質な風邪にかかったようだ。
その帰り道、どこからか琴の調べが。
あの境内で老婆が琴を奏ていたのだ。
*
最後まで名前の分からない医師を縦糸に、
職人の源さん一家、古物商の男、そして琴を生業にする老婆。
それらが(ドラマ作法的にいえば)団子の串刺しになって
淡々とエピソードが重なっているだけなのだが、
病気で一命を取り留めた源さんと急死する妻
穏やかな古物商の表情などを巧みに対比させ
さらに人々の細やかな生活感や季節感を織り交ぜて
「職人」、楠勝平の面目躍如といった味わいのある作品。
私事ながら、これは私が楠勝平の名を意識した記念すべき作品でもある。
■ COM 1970年 10月号掲載 全24頁