
写真は門外漢で、写真家と呼ばれる人の名前などほとんど知らない私だが、雨の中、わざわざ出張って行ったのは牛腸さんとは生前少しだけ面識が有ったのと、その頃拝見した作品がとても素晴らしく、深く心に残る写真だったから。
面識があったと書いたけれど実際は氏のことは何も知らないに等しい。身体的ハンディがあることは一目でわかるけど、どんな病気だったのかも知らなかったし(まさかご本人に聞く訳にいかない。)考えてみれば「茂雄」というお名前も知らなかったのだ。風の噂で亡くなったと聞いたときも「やっぱり具合が悪かったんだね。」と話しあったほどで、今回、その辺の経緯や経歴もよく分かった。(「三鷹市美術ギャラリー」参照。あっ、来月は山形でもやるのか。こちらのページのほうが解りやすい。)
その経歴や写真界での評価を知ると、楠勝平とよく似ていることに感銘をうけた。
今回の作品展で、当時拝見した写真の何枚かに再会した。特に写真の中によく見知った顔、見知った場所を発見したときには何とも言えない感慨がある。(←そういう観かたをされるのは不本意だろうが)
氏の写真の多くは人物を真正面から捉えている。人物はまっすぐカメラを見据えている。そしてローアングルと大きく切り取られた頭上の空間。
直線的に切り取られた室内。そこにポツンと小さく写ったご本人。微妙な暗さと明るさ。そして牛腸さんがこの場所を選んだのは幾何学的なビルの室内と外の古い街の景色が同時に収まるからだろう。窓の外は蔽い焼きしているのか尋ねなかったのが今更悔やまれる。
写真は時間を切り取ると言われるが、被写体である人物とカメラが正面から対峙することで剣豪同士の対決のような緊張感が時間を止める。
これは私の全然知らなかった牛腸さん。華やかな街を写したカラー写真はブレボケ、ノーファインダーといった手法も取り入れ、街の喧騒が聞こえてきそうなアクティブな写真群。しかしその中にポツリと混ざる静止した時間を写した作品が一層の効果をあげる。これらのカラー写真や水にカラーインクを垂らして定着した作品などを見ると氏が素晴らしい色彩感覚をお持ちだったことがうかがえる。
そして16ミリで撮影された佐藤真監督による、第二作品集と同じタイトルの記録映画。本項のタイトルはこの映画の冒頭のキャプションである。その中に残念ながら氏の動く映像はない。遺品やらスタッフとして参加した映画、そして氏の写真と手紙やノートの朗読でその生涯を綴っていく1時間弱の作品。最後に懐かしい、少しかん高い、けれど記憶より少しだけ覇気の無い氏の肉声が流れる部分では不覚にも目頭が熱くなってしまった。
自分自身と自分以外の人間。他者を見つめ自分を見つめ、その隙間を埋めつつ埋めきれない隙間を確認する作業。それが牛腸氏の生涯のテーマだったのかもしれない。始めはちょっと、とっ付きにくいかと思えるけれど、寒いオヤジギャグを言って自分で笑っているような方だった。そして、ふっと遠くを見るような、寂しいような目をする瞬間がある方だった。孤独なのは氏のほうであったはずなのにこちらが置いて行かれたような思いにさせられる瞬間だった。
改めて牛腸茂雄氏のご冥福を祈りたい。
実は昨年、国立近代美術館でも作品展が
あったのだが気が付くのが遅くて行きそびれてしまったので今回は万難を排しても行きたかったのだ。それと佐藤真監督の記録映画「SELF AND OTHERS」のフィルム上映が今日までだったし。(ビデオでの上映は期間中ずっとやってるんだけど、やっぱりフィルムで見たかったので。)
3歳で胸椎カリエスという病気になり一年間も石膏のベッドに縛り付けられた生活ってのはどんなものだったのだろう。その後遺症で身長は子供と変わらない位しかなかった。そして36歳で亡くなっている。私が知っていた牛腸さんは30歳前後だったのだろう。2冊目の写真集「SELF AND OTHERS」の為の作品を取りためていた頃だろうか。当時は氏の作品に対する評価も知らなかったし、ただの写真家を目指す気さくな、そしてユニークなオッサン(失礼。でも私より10歳も年上なので)としか認識していなかった。
写真集を出版されたことも知らなかったし、ましてやその後の評価も知る由も無かった。
作品を見せて頂いたときも「とても金になる写真じゃない」と思った(つまりこれで生活するのは難しいということ)。ただしその静謐で時間を凝縮したような表現は深く心に染み入る暖かさを持っていて、一見ただの記念写真のようでいて絶対ほかの人に撮れる写真ではなかった。
今回は、残された3冊の写真集に収められた写真のほか、学生時代の作品や写真以外の作品も展示する、氏の生涯を全貌した企画。ただ、ここまでやるならピンホールカメラで撮影された作品が展示されていなかったのは少々残念。残されていないのだろうか。
会場は二箇所に別れていて、第一会場は「三鷹市美術ギャラリー」。三鷹駅の真正面、「コラル」というビルの5階。日曜というのもあるのだろうが雨が降っているのに結構入場者は多かった。特に若い人の姿が多かったのが心強い。彼等は私のように懐かしがって見たりしないからきっと牛腸茂雄の本質に触れられるだろう。
ここでは学生時代の作品や最初の写真集「日々」、二番目の作品集「SELF AND OTHERS」に収録された作品を展示。すべてモノクロ。
これらは素人が撮る記念写真の要素でもあるが、もちろん素人の写真とは絶対的に異なる。
上に表示した「セルフポートレート」を例に解説を試みてみたい。ただし、当然ながら私も素人なのであまり信用しないように。
まず気が付くのはローアングルじゃないって所。これだけは牛腸氏の狙いだから他の作品と違う。つまり健常者の目線から見た自分を撮りたかったのだろう。
そして、もし写真なんか撮ったことが無いって人が撮ったらほぼ同じ構図になるだろう。だから誰にでも撮れそうな写真に見えるのだが、素人だと、より人物の「顔」を中心にと考えてもう少し左にカメラを振るかも知れない。これは最悪のケース。左の壁だけが増える。露出は当然自動だから窓の外の明るさに反応して部屋の中は真っ暗になるはず。
これが少し写真とか構図とか聞きかじったらどうするか。例えば私なら (^^;)
常識では上の壁は必要ないのでカットして全身を入れる。
後ろの額が唐突な印象を与えるので(それも狙いだと思う。実はこのインクプロットも牛腸さんの作品だったのは今回初めて知った)立ち位置を調整する。
更に目線を合わせる為にカメラ位置を下げるかもしれない。
これだけ明るさの違いが有ると窓の外の景色は飛んでしまうので、どうせなら部屋の明るさに合わせて半絞りあける。
その辺が普通によくできたポートレートだろう。これが素人の(私の?)限界。
これを超えたところから作家性が始まる。
この写真には普段の努めて明るく振舞っていた(ように私には見えた、かと言って暗い印象ではないのだが)、あるいは人付き合いが苦手で多少無理をしていたのかもしれない牛腸さんの姿からしたら少々気取った雰囲気が伺えるのは事実である。でも、誰でも自分自身の写真を撮る時、多少気取ってしまうのは当然である。その気取りの外側に自分の本質を表現できるか否かである。氏、御自身は自分を理解していた。そして他人が氏をどのように見ているかも(多少のコンプレックスを含めて)よく理解していたからこんな素晴らしい写真が撮れたのだと思う。
ローアングルといっても小津安二郎や加藤泰のそれとは意味合いがまったく異なる。映画の場合は観客席からスクリーンを見上げる為に目線の低さが生きてくるのだが、氏の場合、常に他者を見上げていたことから必然的に生まれた構図だろう。低い目線は子供を捉えるには特に効果が大きい。
頭の上を大きく空けるのは素人に在りがちな構図だが、これは顔を画面の中心に据えてしまうための稚拙な写真。しかし氏の写真はあえて頭上を大きく開けることによって世界の広がりと長い時間を写真の上に定着させている。
第二会場は15分ほど歩いた所にある「三鷹市芸術文化センター」。
こちらでは映画「SELF AND OTHERS」の上映と三冊目の写真集「見慣れた街の中で」に収録されたカラー作品、死の直前に写真雑誌に発表された子供の写真数点の他、写真以外の作品も展示されている。
一転子供を撮影した作品は再びモノクロ。これは次の作品集に収められる予定であったそうな。残念である。
全ての作品に共通するのは大きなハンディを持っていたにもかかわらず人間を見る目の優しさ。決して斜に構えることなく対象と向き合い包み込むような暖かさを持っている。
「アー、アー。あ・い・う・え・お。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド。この声が人にはどのように聞こえるのだろう?」
はじめまして
ちんちくりんさん、はじめまして。
はじめまして。私も先日山形での展示を見た一人です。牛腸茂雄に関する記事をふたつ書いており、新しいほうからリンクさせていただきました。
駒込こまさん、はじめまして。
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■ コメント
ちんちくりん
04/11/04 21:59
私は山形での牛腸氏の写真展を見て、言葉ではとても表わせないほどの衝撃と感動を受けたものです。
検索エンジンからこちらにたどり着き、秋津さんの文章を読ませていただいてさらに感慨を深め、トラックバックさせていただきました。
素敵な文章をありがとうございます。それでは。
秋津
04/11/05 19:14
稚拙な文章を読んでいただき有難うございます。
牛腸さんの写真は万人向けとは言えないかも知れませんが、こちらが心を開くと包み込んでくれるような素晴らしい作品ですね。
そうそう、上には書きませんでしたがセルフポートレートのペタ焼きも展示されてましたよね。私も驚きました。一枚のプリントのためにあれだけのカットを撮ってたんですね。何か、牛腸さんの息遣いが伝わってきそうな気がしました。実はあの場所は私にとっても思い出深い所なので。
駒込こま
04/12/03 19:03
秋津さんの氏に対する優しい視点に共感をおぼえました。
秋津
04/12/04 10:13
トラックバック有難うございます。
映画を先にご覧になったのですね。あの映画も牛腸さんの作品や人となりを適切に表現した素晴らしい、そして感慨深い作品でした。ここから牛腸さんの作品に入って行けたのは幸運だったのではないでしょうか。
そして「牛腸の感受性はあまりにも研ぎ澄まされていて(略)ゆえに、こわい」という感覚、とてもよく分かる気がします。ただ単にやさしいだけではあんな深く素晴らしい写真は撮れませんからね。
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